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Double CD live de La Roche Guyon : Schubert, Schumann…/ラ・ロッシュギュヨン城ライヴCD

12 avril 2011

copyright yoko kaneko 2011

ネットマガジンJazz Tokyo 2012年2月26日号に、批評家、丘山万里子氏による素晴らしい記事が掲載されました。モーツアルトCD「黄金時代の作品集」の他に、ラ・ロッシュギュイヨン城ライブ2010 を推薦いただいています。こちらをクリックしてください。 FIVE by FIVE:JAZZTOKYO

ラ ロッシュギュイヨン城マスタークラス 2010年度の教授陣と優秀受講生によるライヴ録音

CD2枚組。店頭では購入できませんのでご希望の方はメールでお問い合わせください

yoko2.kaneko@gmail.com

Si vous souhaitez acheter cet enregistrement, (2 CD) envoyez un courriel.

CD1

シューベルト : アルペジョーネ ソナタ (パリ オタイユ教会)

ギヨーム エフレール : チェロ  金子陽子 : ピアノ

シューベルト : ピアノ5重奏曲「鱒」(パリ オタイユ教会)

中村ゆか里 : ヴァイオリン  加納明美 : ヴィオラ

ギヨーム エフレール : チェロ

フロロンタン ギノ : コントラバス

金子陽子 : ピアノ

メンデルスゾーン : ヴァイオリン協奏曲より終楽章

(ラ ロッシュギュイヨン城)

中村ゆか里 : ヴァイオリン  金子陽子 : ピアノ

パガニーニ : モーゼの主題による変奏曲

(サンマルタン ラ ギャレンヌ村の教会)

フロロンタン ギノ : コントラバス

金子陽子 : ピアノ

CD2

シューマン : ピアノ4重奏曲作品47変ホ長調(パリ オタイユ教会)

ジャン ムイエール : ヴァイオリン

アドリアン ボワソー : ヴィオラ

ギヨーム エフレール : チェロ   金子陽子 : ピアノ

シューベルト 弦楽5重奏曲(2台のチェロ)より第一楽章(ヴェトイユ村の教会)

高橋聡子、依田幸司 : ヴァイオリン 加納明美 : ヴィオラ

アドリアン ショソン、ギヨーム エフレール : チェロ

ショーソン : 詩曲 (サンマルタン ラ ギャレンヌ村の教会)

高橋聡子 : ヴァイオリン

金子陽子 : ピアノ

グリエール : 前奏曲とスケルツオ

(サンマルタン ラ ギャレンヌ村の教会)

フェリシー バゼレール : コントラバス

金子陽子 : ピアノ

ヘンデル 2台のヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ

(ヴェトイユ村の教会)

シリル ラシェーズ、依田幸司 ヴァイオリン

ジャン クリストフ デルフォルジュ : ヴィオラ ダ ガンバ

録音 フレデリック ムイエール

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ジャン ムイエール と ジャン ユボー / Au revoir Ken Kinoshita /追悼 木下健一氏

6 avril 2010

Au revoir Ken Kinoshita / 追悼 木下健一氏

Le journaliste Kenichi Kinoshita nous a quitté le 17 mars 2011 suite à une longue maladie.

Il a vécu à Paris entre 1971 et 2006   

1951年1月6日-2011年3月17日(1971年より2006年までパリ在住)

Copyright Yoko Kaneko 2011

  悲しいニュースです。胃がんとの壮絶な闘病生活を続けられていた木下健一氏がこの3月に他界されました。パリ在住時代から、情熱を持ってムイエール、ヴィアノヴアカルテット、私自身とガブリエルピアノカルテットを応援してくださり、ブザンソン音楽祭でのコンサートや レイナルド アーンのCD録音にも駆けつけてくださったことなど忘れられません。氏が残された数多くの素晴らしい記事と評論は、日仏文化にも重要な資料だと思います。氏の業績に心から感謝を申しあげ、心よりご冥福をお祈りいたします。

ジャン・ムイエール(Jean Mouillère)


フランスの室内楽の伝統を引き継ぐ名ヴァイオリニスト、教育者。LPレコード時代からその活気漲る高い芸術性で日本をはじめ世界を風靡したヴィア・ノヴァ弦楽四重奏団の創設者、パリ音楽院室内楽科の名教授として1980年—2006年の間世界第一線で活躍する多くの音楽家達を育成。2006年の退官後はエコーノルマル音楽院教授、毎年春に開催されるラ・ロッシュギュイヨン城マスタークラスと音楽祭の音楽監督、ニースでの夏の講習会でも教鞭を取り、常に若い世代の紹介に情熱を注いでいることでも知られている。

1941年フランスのアンジェ生まれ。パリ音楽院にてローラン・シャルミ(名女流ピアニストリリー・ラスキンの夫)にヴァイオリンを、名高い弦楽四重奏団として活躍したジョゼフ・カルヴェに室内楽を学び1960年にプルミエプリ(一等書)で卒業、パリ音楽院オーケストラ(今のパリ管弦楽団の前進)のコンサートマスターを務め、シャンゼリゼ劇場、エクサンプロヴァンス音楽祭、アンドレ・キュルイテン、シャルル・ミュンシュなどの名指揮者に認められて、オーケストラの日本、アメリカツアのソリストとして抜擢される。

1962年にフランスを拠点に「生気漲る音楽のため」の運動を始め、同世代の第一線の演奏家達と共に「コルシカ音楽祭」を創設。ミュンヘン国際ヴァイオリンコンクールで特別賞も受賞。コルシカ音楽祭の高い芸術性が著名評論家達から評価され、巨匠ピアニスト、リヒテル、ケンプが同音楽祭に参加して彼らと共演したことで、正に世界の注目を浴び、そこから「ヴィア・ノヴァ(新しい道という意)弦楽四重奏団」が生まれる。

ムイエール氏本人によると、この「新しい道」とは、今までになかった境地を音楽で表現しよう、世界を変えて行こう、という意味がこめられていたとのことである。

1968年以降は、フランスのアルプス山脈のシャーもニー、ラプラーニュでも音楽祭を創設する。

フォーレのピアノ曲全曲録音で知られるピアニスト、作曲家、故ジャン・ユボーとエラート社に多くの曲を録音、欧米の演奏家として初めて当時の中国に共に招かれたことを大変誇りに思っている。

現代曲も積極的に取り上げ、マデルナ、フェラリ、クセナキス、リテティ、デュティーユなどの作品を演奏。ソリストとしてはこれまでに、ミッシェル・プラソン、クルト・マズール、カサドシュ、アルベルト、アルマン・ジョルダンらの大指揮者、バーデンバーデン響、パリ管弦楽団、フランス放送響、ドレスデン響、ブダペスト響、スイスロマンド響、北京交響楽団、上海交響楽団と共演した。

これまでにリリースされた主要な録音

−アルマン・ジョルダン指揮、モンテカルロ交響楽団とのショーソンの詩曲 (ディアパゾン金賞受賞)

−ハイドンの弦楽四重奏曲、

−ドビッシー、ショーソン、ラヴェル、ルーセル、ピレルネ、イベール、カプレ、デュティーユなどのフランス物のカルテット

−ピアニスト、作曲家のジャン・ユボーとシューマン室内楽全集。

−今日でも名盤として世界で紹介されているジャン・ユボーとのフォーレ室内楽全集。

これらの録音に対してディアパゾン金賞、ゲルラン・ディスク大賞、芸術アカデミー大賞など12もの大賞を受賞。フランス政府からもフランス文化への貢献を高く評価されて勲章を授与されている。

ジャン ムイエール のインタヴュー記事

こちらの木下健一氏のサイトでご覧になれますhttp://members2.jcom.home.ne.jp/kinoken2/intv/intv_contents/intv_mouillere.html

1989年にレコード芸術誌に掲載されたジャーナリスト木下健一氏による記事が、氏のサイトに保存されています。日本語で現存する貴重な資料です!

 「ジャン ムイエールとジャン ユボー、私の2人の恩師」 

 桐朋大学音楽学部1年のとき、フランス音楽に凝っていたヴァイオリニストの親友に誘われて、フォーレの音楽が使われているから、というので、フランス映画「田舎の日曜日」(1983年)を都心の小さな深夜映画館に見に行き、深く感銘をうけました。フランスのセザール賞を独占したというその名画に使われていたのはなんとフォーレのピアノクインテット、トリオなどのそれは美しいテーマの数々で、その演奏をしていたのが、LP時代の名盤で日本にもファンの多かった ジャン ムイエール率いる ヴィアノヴァカルテットQuatuor Via Nova 、彼の師であった名ピアニスト、作曲家、故ジャン ユボーだったのです。

 後に聞いたのですが、当のジャン ムイエール自身、大ヒットしたその映画を映画館に見に行って、はじめて自分達のCDが使われていたことを発見し、あとから著作権料を請求したという笑い話があります。

 それらのCDと 当時出始めたばかりのウオークマン式CDプレーヤーを渡仏のお餞別として友人たちからプレゼントされ、ジャン ムイエール、ジャン ユボーをいつかフランスで探し出そうと思いつつパリ音楽院に無事入学したのが1987年秋。

  2人との出会いは意外と早くやってきました。パリ音楽院1年生が終わる頃、ラヴエルの生誕地サン ジャン ド リュズでのアカデミーの生徒募集のポスターに2人の名が教授として並んでいたのです。当時、すでにパリ音楽院の室内楽の教授を退官され (後任となったのが ジャン ムイエール)、エラートレーベルに シューマン室内楽全集、フォーレ室内楽全集を終えて フォーレピアノ全曲の録音プロジェクトにとりかかりはじめられていたジャン ユボー氏にはアカデミーに先立って15区の質素なご自宅にご挨拶に伺い、暖かくお迎えいただきました。日本から来たばかりで、フォーレの後期の作品のほうが好きだ、などど(生意気にも)口にする私のことを、厚い眼鏡の奥から暖かく、まじまじと見つめていられたのが印象的でした。

 ジャン ムイエール氏との初顔合わせは意外にも。。。3週間のアカデミーの開校式には顔を見せず、午後の休息時間に生徒達で砂浜に出かけたところ、顔が全部入ってしまいそうな大きな水中眼鏡をかけた海水パンツ姿の男性が、それはそれは楽しそうに波とたわむれつつ、生徒達にBONJOUR!と握手をしているではありませんか。あまりの人懐っこそうな姿に、伴奏ピアニストか事務局のお兄さんかと思いきや、「これが ジャン ムイエール先生よ」。。。。今でいうと「のだめカンタービレの世界」そのもです。

  どちらかというと無口でひょうきんなジャン ユボー大先生と、その弟子で、しゃべりだすと止まらないけれど弾きだすと感動せずにはいられないジャン ムイエール氏のデュオもまた素晴らしいものでしたが、レッスンでは、ユーモアを交えながらも2人は決して生徒にお世辞を言わず、暖かくも厳しく、楽譜の解釈と室内楽演奏の基本、フランス音楽の伝統を教えられました。ユボー氏の指使いやペダルの指示を直筆で書き込まれた ドビューシー、ラヴェル、フォーレのヴァイオリンソナタの譜面は私の宝物です。

  パリ音楽院ではピアノ科の生徒は2年目から室内楽が必修でしたので、この講習会が終わって新年度が始まると共に、私は ジャン ムイエールクラスに正式に入門を許され、クインテットを希望していた私にメンバーを見つけてくださいました。これがすぐにガブリエル ピアノカルテットになりまして、大学院まで5年間の教えを受けたのです。氏はお人柄友達が多く、知り合いのパリのサロンやアヌシー湖の湖畔、ご自身の別荘や ラ ロッシュギュイヨン城などで手作りコンサートを企画し、どんどん人前で弾く機会を与えてくださいました。アヌシー湖畔のフォーレがレクイエムを初演した教会で、ムイエール氏と、あの都心の深夜映画ではじめて耳にした懐かしのフォーレのクインテットを共演した演奏会は忘れられない思い出となりました。

 ジャン ムイエールに、音楽のすべてを、音楽の歓びを教わった、、、というのが巣立った生徒達の一致した感想です。こんなに貴重な経験を与えてくれたことに卒業生たち(多くが、パリをはじめヨーロッパ各地の主要オーケストラの主席奏者として活躍中)は皆感謝しているはずです。

 2010年4月 金子陽子